コラム
ホワイト・カラー犯罪
警察庁が年次報告する犯罪統計(『警察白書』)を見ると、違法を疑われて検挙される人の多くは無職もしくは日雇い労務者などです。低学歴・不安定就労など恵まれない境遇に置かれた人たちに犯罪が多いことは諸外国も同様です。こうしたことから、犯罪は低階層に特有の現象と思われがちですが、実際には、著名人・一流会社社員・公務員など、世間から尊敬される職位にある人たちの中にも犯罪はあります。最近、わが国で話題になった事件例を列挙してみると、大手芸能事務所創業者による広範な性加害、有名歌舞伎俳優による両親自殺ほう助、全国展開する大手中古車販売会社による大規模な修理費不正請求、世界的自動車メーカーによる型式認証不正と続きます。多数の国会議員の裏金問題疑惑を思い起こす人もいるでしょう。
著名な犯罪学者の一人、E・H・サザーランドはこうした「名望家たちの犯罪」をホワイト・カラー犯罪と呼びましたが、この種の事件が稀でないわが国では、「名望家」という呼称自体に違和感を抱く人も少なくないでしょう。政官財ぐるみの汚職や不正はTVの2時間ドラマお馴染みのテーマで、一般市民の間には、社会の上層部は法や制度を悪用して仲間内で利益をむさぼっているという巨悪観すらあります。古代ギリシャから「貧者は小悪を重ね、富者は大悪をなす」と言われてきましたが、頻発するこの種の事件は「やっぱりそうか」と市民の疑心を強めます。
日本では年間約60万件の犯罪事件が発生し、18万もの人が検挙されます。その中でホワイト・カラー犯罪とみなされるものは少数ですが、この種の犯罪は、上記の事件例からも窺われるように、1件当たりの被害額が大きかったり、社会全体に不公平を及ぼすなどその社会的影響は軽視できません。何よりも、国の政治・経済を担う重要な組織や職位に対する一般市民の信頼を損なうことがホワイト・カラー犯罪の最大の罪かもしれません。(大渕憲一)