MENU
CLOSE

コラム

  1. TOP
  2. コラム

コラム

人間は何故犯罪をするのか

 犯罪心理学会の会員になって48年、人間は何故犯罪をするのか考えてきた。 

 最初のうち犯罪者は何か普通とは違う特徴があるというロンブローゾ以来の考え方に基づいて、性格や価値観などの特徴に関心を向け、どのように不安・不満が犯罪に結びつくのか調べていた。個人的要因として指摘されてきた性格や価値観の偏りが犯罪に結びつきやすいのは事実で、こうまで偏っていては周囲と衝突したり、孤立したりして社会生活は難しくなり、犯罪に走るのかと思った。しかし、彼等の育ちを知るにつれ、普通に暮らしたくてもできない、家庭など環境的要因の影響の大きさも分かってきた。 

 個人的要因と環境的要因が社会生活の生き辛さにつながり、犯罪を生じやすくするのは分かったが、同じような性格、生活史、家族背景、社会状況にあっても犯罪をする人としない人では何が違うのか。これは、人間の社会行動全般においても常に説明が求められる問題である。犯罪に関しては、相関の高い要因が分かっているが、因果関係ではないので、様々な理論がその説明のために提案されてきている。犯罪者自身が犯罪をするとき、自分の内面に何が起きているのか説明できれば簡単であるが、犯罪者がそれ、つまり動機を言葉で説明できるとは限らないし、研究者は関係する要因を踏まえて類推するしかない。

 面接で非行少年や犯罪者は犯罪の理由について、「誘われて」「欲しくて」「金に困って」「頭にきて」などと周りが納得する話をすることが多い。しかし、それらの動機があっても彼らが常に犯罪をするわけではないことから、その説明は犯罪をする理由の一面を述べているに過ぎない犯罪をする背景には、過去の様々な思いや積み重なってきた複雑な感情が関係しており、本当の理由は本人にも分かっていない場合が多い。 

 非行・犯罪の理由を科学的に実証することには困難が伴う犯罪と相関の高い要因は、彼らが好き好んで選んだものではないものが多い。例えば、負因となるような家庭や社会環境は彼らが好き好んで選んだものではなく、運命的なものである場合がほとんどである運命を犯罪要因として扱うことはかなり難しい。 

 もう一つの厄介な問題は犯罪の多義性(悪という意味以外に多様な意味を含んでいる)がある。犯罪は悪と意味づけされ、犯罪者を悪人として刻印付けしやすい。しかし、犯罪をした人の人生において、彼らは常に悪いことばかりしているわけではない普通に暮らしている時間の方がはるかに長いかもしれない。人間は犯罪の被害者になれば、不愉快になり、怒りが湧いてくる。一方で、犯罪映画や犯罪小説を楽しむ。犯罪は秩序を破壊する力があるが、そこから新しい秩序を生む創造力もある犯罪に含まれている多義的な意味を踏まえずに、悪という意味だけに焦点付けると、人間にとって犯罪とは何かを解明する上で迷路に入ってしまう。 

 このように犯罪は科学的に解明しにくいところがある。犯罪の運命的要因や多義性を理解した上で、同じ人間が生き辛さに際し、犯罪するときと犯罪以外の普通の行動を取るときの状態の違いを調べることで、何故犯罪をするのかという疑問への回答が得られると思うが、正解は多様にあり、回答に辿り着けるかは運しだいかもしれない。 (澤田豊(名誉会員))

PAGE TOP