コラム
気づけば「万引き防止」の専門家
私は2000年に犯罪心理学会の会員になりました。共同研究者に誘われたことがきっかけです。当時は大学院生で,問題行動や学校適応に関する研究をしていました。ありがたいことに,共同研究者の加藤弘通氏と問題行動に関する研究で,第1回の研究奨励賞をいただきました。それでも,体系的に犯罪心理学を学んできたわけではありませんので,いまだに自分の専門を犯罪心理学と言うのはおこがましい気持ちがあります。
そんな私が問題行動ではなく,犯罪自体を研究するようになったきっかけは,2010年の警察からの依頼からです。当時,香川県は2009年まで7年連続で人口1000人当たりの万引きの認知件数がワースト1位となっており,大きな社会問題となっていました。香川県に万引きについて研究している人がおらず(そもそも全国的に少ないですが),なぜか私が引き受けることになりました。そこから香川県警察と二人三脚での怒涛のような日々が始まりました。
現場を知らずに対策を考えても机上の空論と言われることは目に見えていましたので,TVなどで活躍する万引きGメンの伊東ゆう氏と出会ったこともあり,調査研究を行うだけでなく,数多くの現場に足を運びました(実際に捕捉した経験もあります)。現場での課題を踏まえ,未然防止のための店内声かけ,モデル店舗の認定とそこでの集中的な対策,地域と連携した万引き防止教育,ホスピタリティを重視した店舗での店員教育など様々な試みを全国にさきがけて実施してきました。うれしいことに,対策に関わるようになってから,香川県の万引きは大幅に減少し,現在はワースト30位台となっています。最近は,店舗に行くとどこでどんな万引きが起きやすいかもわかるようになりました(怪しい意味ではなく,いくつかのポイントを押さえれば,誰でもわかります)。活動の合間に50近くの万引きに関する論文や著作を執筆し,気づけば万引き防止の専門家になっていました(それでもいまだに犯罪心理学者と言うことに抵抗はあります)。現在も万引き防止の研究を行っていますが,いつか胸を張って犯罪心理学者といえるようになりたいと思っています。
犯罪心理学に関心のある方,特に犯罪心理学の研究がしたいと思う方がこのコラムを読んでいることと思いますが,私のようにひょんなことから偶然が重なり,犯罪心理学の研究に関わる者もいることを知っていただければ幸いです。(大久保智生)