コラム
犯罪心理学者の仕事とやりがい
犯罪心理学の専門家は、一体どんなときに「この仕事をやっていてよかった」と感じるのでしょうか?
もう20年も前のことですが、ある刑事施設で勤務していたとき、わが国初の薬物依存症治療プログラムを開発し、実施していました。あるとき、受講者だった1人の受刑者からこのような話を聞きました。「自分はこのプログラムを受けられてとてもよかったのですが、同室の受刑者で受けられなかった人がいます。彼は、それをとても残念がって、プログラムのワークブックを自分のノートに写して、独学で勉強しています」というのです。
私はこの話を聞いて、胸が熱くなりました。薬物依存症になってしまった人が薬物をやめたいと思っても、この国ではそのための「治療」にアクセスできるのはわずかで、やめたくてもやめられず繰り返してしまう。それは治療を提供すべき側にも責任があるのではないか、このとき私はそう感じたのです。そして、このような治療を社会に広げていかなければならないと強く思ったのでした。
この経験から10年が経ち、今度は国際協力機構(JICA)から、フィリピンで薬物依存症の治療プログラムを開発するプロジェクトの依頼を受けました。現地の専門家と協力してプログラムを開発し、依存症リハビリ施設で試行を行ったときのことです。セッション終了後、それまで現地語のタガログ語で会話をしていた受講者の1人が、部屋の隅で観察していた私たちのほうにおもむろに近づき、英語でこう語ってくれました。「私は薬物がやめられず、施設に入るのは2回目です。前回はこのようなプログラムがなく、また薬物を使ってしまいました。今回、プログラムが受講できて、日本の皆さんに本当に感謝しています。最後まできちんと受けて、今度こそは薬物をやめたいです」。このときもまた、私は胸が熱くなる思いがしました。そして、10年以上前の日本での体験を思い出していました。
犯罪心理学者の仕事は地味で、社会の脚光を浴びるようなことは少ないかもしれませんし、誰かから直接感謝されるというようなこともほとんどありません。しかし、私は時折この二人の言葉を思い出して、それを心の支えに仕事を続けています。
過ちを犯してしまった人を社会から排除するのではなく、その立ち直りを支援すること、そしてそれによって社会全体の安全と幸福を増大すること、それが私たち犯罪心理学者の仕事だと思うのです。(原田 隆之)